東京という都市を歩いていると、店が途切れることなく存在していて、
モノも過剰なほどに溢れていて、四六時中何かを消費させられる感覚になる。
身の回りの情報だって、スマートフォンの普及によって、手の平にいつなんどきでも集まってきている。
都市で生活をしていると、何もない状態、モノも情報もない状態になるっていうのは、
案外難しく、意識的にモノゴトを遮断をしないと得られない状態である事がわかる。
現代社会において、無になる状態はむしろ貴重なのだとさえ感じる。
では、仮にモノや情報を意識的に遮断したとして、身を置く場所はどうだろうか。
民間事業者が作る空間は、基本的には滞在者に何かを買う行動を仕向けるものとなりがちで、
そのような空間で無の状態になるには、目を閉じる以外に視界からモノゴトを遮断する術はない。
それはちょっと、窮屈な無の状態だ。
では、公共機関の作る空間、例えば図書館といった空間は、といえば、
税金を利用する以上、納税者の便益に資するものである空間が前提となるのだけれども、
受益者である納税者の多くは、無である状態について、今のところ価値を見出していない、
もしくは価値があると声高に叫ぶ状況にはなっていない。
一見すると無駄な、ぼけーっとするぽっかりとした都市の隙間のような空間を作るくらいなら、
エレベーターを設置する事や、雨に濡れないための屋根の設置を自治体に要望するのだろう、
というのが正直なところではないだろうか。
だから、一見すると無駄な、開かれた公共スペースというものは、今日時点、
都市の中には、あまり積極的に作られているようには思えない。
すごく固い事を書いてしまいましたが、今日ご紹介する物件、
街の小さなガソリンスタンドに併設されたオフィスビル兼休憩スペースなのです。
休憩スペースは、ガソリンスタンドで給油する運転手の方に解放された場所なのですが、
川のそばで、隣は公園。リラックスするにはとても都合の良い立地なんです。
官民問わず、ですが、こちらの物件をもし活用できるとしたら、
どなたか、ここに都市の隙間のような、何にもしなくていい、
ぼーっとできるスペースを作ってもらえないでしょうか。
オフィスビルについては、1階に商店を設置して、
2階以上はオフィス利用し、休憩スペースだけは、
街の誰もがいつでも使っていいスペースを設置してくれるといいのになあ、
と思うのですが。ほら、写真の、夜の休憩スペースなんて、
街灯少ない薄暗い夜の街をぼわっとした休憩所の明かりが照らすんです。
何だか、エドワード・ホッパーの「Nighthawks」を連想させる、
ちょっと怪しくも、魅力的な休憩スペースになりそうじゃないですか。
[物件情報]
所在地:東京都江東区清澄
最寄り駅:東京メトロ半蔵門線清澄白河駅 徒歩10分
[本記事について]
本物件の紹介内容は、編集部による空想であり、物件オーナーへの掲載許可等は取っておりません。
紹介する物件が現在賃貸可能かどうかの確認は取っておりませんので、
あくまで、もしこの物件を賃貸できたら、、という空想の範囲で紹介内容をお楽しみ下さい
(text by 編集部)
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